半導体メモリーの中核技術者が中国企業へ流出する動きを食い止めるため、サムスン電子が異例の報酬パッケージを打ち出した。海外メディアおよび最大労働組合の試算によると、サムスンはメモリー事業部の中核エンジニアに対し、最大56万ドル(約8,400万円/約400万人民元)に達する特別ボーナスを提示している。しかし、この巨額報酬によって技術者の離職をどこまで抑止できるのかについては、単なる「昇給による引き止め」以上に複雑な構造的要因が絡み合っている。

サムスン、最大56万ドルの特別報酬でDRAM技術者の中国流出防衛へ
中韓DRAM人材争奪戦の構図:韓国大手2社から27名の熟練技術者がCXMTへ移籍し、長期株式報酬による防衛策が加速

韓国の崔秀珍(チェ・スジン)国会議員室が10月6日に公表した調査データは、国境を越えた半導体人材移動の実態を浮き彫りにしている。調査によると、サムスン電子(23名)およびSKハイニックス(4名)出身の熟練DRAMエンジニア計27名が、中国のDRAM最大手・長鑫存儲技術(CXMT)へ移籍していた。韓国企業での平均勤続年数は15.4年に及び、うち6名は量産現場で20年以上のキャリアを持つ首席級・役員級エンジニアだった。専門領域は回路設計、プロセスインテグレーション(工程統合)、歩留まり解析、先端パッケージング、さらにはAI半導体に不可欠なHBM(広帯域幅メモリー)設計にまで及んでおり、韓国紙・東亜日報は「半導体工場1棟を丸ごと稼働させられるほどの布陣」と評している。

CXMT(中国DRAM最大手)の量産型12インチDRAMウェハおよびメモリモジュール展示
CXMTが量産する12インチDRAMウェハとメモリモジュール。研究開発人員は3年半で2.9倍の7,491名へ急拡大した

ヘッドハンターを通じて提示された採用条件は、従来の年収の1.6〜2倍への引き上げ、3〜5年間の雇用保証、住宅貸与および子女の教育費支給など極めて手厚いものだった。特に注目されるのは競業避止義務(ノンコンピート条項)の回避ルートだ。27名のうち15名は韓国メーカーから直接CXMTへ転職するのではなく、一度半導体製造装置・材料メーカー、外資系企業、あるいは大学などの研究機関へ籍を置き、通常1〜2年間とされる競業避止期間を経過した後にCXMTへ入社する「飛び石移籍(ステップ・トランスファー)」の形態をとっていた。一方で、外部からの「引き抜き」がそのまま「長期定着」を意味するわけではない。この27名のCXMTにおける平均在籍期間はわずか2.9年にとどまり、調査時点で26名がすでに退社、現在もCXMTに残っているのは1名のみとなっている(退社組のうち7名はファーウェイ香港研究所やハイシリコンなど別の中国半導体企業へ再移籍した)。しかし同期間中、CXMT自身の研究開発(R&D)人員は2022年末の2,606名から2026年6月時点で7,491名へと約2.9倍に拡大している。初期の工場立ち上げや量産歩留まり安定化の知見が、外部人材の在籍期間中に組織内部へ吸収・体系化された可能性は否定できない。

世界DRAM市場シェア CXMT vs サムスン・SKハイニックス・マイクロン(Counterpoint Research)
世界DRAM売上高シェア推移(2025年Q2〜2026年Q2、出典:Counterpoint Research Global Memory Tracker)

サムスン電子が打ち出した「最大56万ドル」の報酬制度も、その内訳を冷静に分解する必要がある。Asia Timesの報道によれば、この金額は最大労組による試算値であり、既存の利益配分制度に新設の特別ボーナスを合算したものだ。特別ボーナスの原資は半導体(DS)部門の2026年営業利益の10.5%(サムスンは2026年上期に約15.4兆ウォンを引当計上)で、現金ではなく自社株(RSU)で支給され、3年間にわたって段階的にロックアップが解除される(初年度に3分の1、1年後に3分の1、2年後に残り3分の1を売却可能)。一方、SKハイニックスはさらに早い段階から報酬体系を刷新しており、営業利益の10%を原資としつつ、2025年末の労使合意で従来の「基本給の1,000%」という上限を撤廃。初回支給は基本給の2,964%に達し、その5分の1を2年間の繰延支給とした。両社とも一時的な現金支給ではなく、複数年にわたる株式・利益配分の繰り延べによって、海外オファーに対する離職の機会費用を引き上げる戦略に舵を切っている。

クリーンルームでシリコンウェハを検査する半導体エンジニア
20〜30年にわたり蓄積された量産現場の暗黙知をどう組織内部に定着させるかが、各国の競争力を左右する

こうした人材攻防戦の背後には、世界DRAM市場における明確なシェア構造の変化がある。調査会社Counterpoint Researchのデータによると、2026年第2四半期(Q2)におけるCXMTの世界DRAM売上高シェアは前年同期比4ポイント増の10%に達し、サムスン電子(38%)、SKハイニックス(25%)、マイクロン(24%)に次ぐ世界第4位の座を固めた。韓国国会議員室は「半導体技術とは単なる回路設計図ではなく、技術者が20〜30年かけて現場で蓄積した暗黙知とノウハウそのものである」と指摘する。韓国勢が長期インセンティブによって熟練エンジニアの定着を図れるか、そして中国勢が外部の知見をどこまで自前の7,491名の開発体制へ制度化できるか——メモリー覇権をめぐる競争は、設備投資額だけでなく「人的資本の制度化スピード」を競うフェーズに入っている。